マ・クリシュナ・ラダ

TANTRALIFE



Tantralife タントラライフ

  爆発、休息。 頂(いただき)、谷間。 闘い、受容。 男と、女。 ひとりあり、ともにあること。個であり、ひとつであること―。
タントラは、ありとあらゆる生のテーマを濃密にダイレクトに体験させてくれ、私たちの生の質を変容する、広大な器です。
自分と、人と、世界との、深い感応の中に開いて在る歓び。すべての装飾を落ちるまま落とし、ただのびやかに、自然な わたし でいる至福。
これは、「私は、100%生ききりたいんだ」という思いをもつ、全てのひとと分かち合いたいワークです。

クリシュナ・ラダ プロフィール

「私は、通常のマインドの知覚を超えて、参加者を意識の高みへと連れて行きます。直接的な方法で、彼らの感情や実存とつながり、生エネルギーの流れを妨げてしまうものをとりのぞくことで、そこに私たちの本性である祝福と、創造性と、喜びと瞑想がもたらされます」
イタリア生まれ。インドの覚者・和尚のもとで20年以上にわたり、様々なワークに携わった。かつて、マスターのエネルギー伝達を行う「エネジーダルシャン」で和尚のミディアムを務めた実験的体験が、「タントラライフ」ワーク創始の礎となった。世界中でワークショップやトレーニングをリードし、人間の生と意識のスピリチュアルな変容の道としてのタントラを伝える。近年、母国イタリアでは医療機関でのワークも開始。来日は10回以上にのぼり、01年にタントラガイド瞑想CD「シークレット・オブ・タッチ(ふれあいの秘密)」を発売、03年には、自伝でもある「タントラライフ〜変容のヴィジョン〜」(和尚エンタープライズ・ジャパン)が刊行された。

◆ グループの日程


● THE ART OF LOVE IN THE FAR EAST

 マ・クリシュナ・ラダは過去5年にわたって「THE ART OF LOVE」と呼ばれるグループを日本でおこなっています。彼女がその経験を和尚タイムスインターナショナルに語っています。OT) 日本でのあなたのワークについて話してくれますか?

R) そうですね。まずそのバックグラウンドからお話しましょう。1974年に和尚に会ってすぐの頃、彼は夜のダルシャンの時に、彼の弟子へのエナジーワークを助けるためにわたしを前に呼ぶことを始めました。「この人の後ろに立ってあなたの愛を彼に注ぎなさい」といったことを彼は言いました。わたしはその時愛とは何かを知らなかったのです。(今それを知ってるということではないけれど)でもこのようにしてマスターの臨在のもとでわたしは愛の中に溶けるという体験を始めました。

OT) その後何年かして和尚はエナジーダルシャンを定期的にはじめましたね。

R) そうです。わたしは彼のミディイアムの一人でした。わたしにとってはこの経験はスピリチュアルなものでありそして大地の体験でした。神と空そして、セックスとセンシュアリティー(官能)の経験でした。実際に、和尚はミディアムにその経験の中でセンシュアル(官能的)なフィーリングをゆるし、またそれを含んだものであるように強調して語りました。だからそれはいつも根と翼の両方のフィーリングを持つものでした。

OT) それがあなたのワークの基礎ですね?

R) そうです。わたしが和尚との間で得たもっとも強い経験の一つは、エナジーそれ自体でした。人々にわたしが分かち合いたい経験です。日本でわたしがワークを始めてそれがぴったりきたんです。西洋人のマインドには神秘的な場所のように思われても、わたしは日本で迎えられているように感じました。

OT) あなたのワークはどんな形をとっているのですか?

R) 基本的には、タントラです。なぜなら愛の中に溶ける道からです。西洋では、タン トラという言葉は自分のセックスライフを向上させるためのテクニックとしてよく誤解されます。あるいは性的な抑圧から出るためのワイルドな耽溺と誤解されることがありま す。このために中身のない器に終わってしまいます。

OT) その言葉をあなたのどのように理解していますか?

R) タントラは生きることの中にあるすべてのものを含む道です。存在と一体になるオーガズミックな経験をゆるしていく道です。あなたの呼吸の中でも、そして日光を楽しんでいるときにでさへ。それは今わたしの目の中でかがやいているもの...そういったスペースです。

OT) この理解をあなたのワークにどのように使っているのですか?

R) そうですね。日本でセッションやエナジーイベントを行ないましたが、その時ほとんどの人々の中にセンシュアス(官能的)な質が欠けていることに気づきました。わたしのワークではセンシュアス(官能的であること)であることを欠いてはエンライトメントは存在しません!だからわたしが日本人に感覚を通して届くことができなければわたし達は同じ言葉を話していることにはなりません。

OT) それはうまくいきましたか?

R) はい。瞑想とエナジーワークのためにわたしはちょっとした実験として感覚というものをワークに加えました。とっても素晴らしい応答がありました。一度もからだで感覚を経験したことのなかった主婦が初めてその経験をしました。それが自分にとても近づくこと、リアルになることあることをもたらしました。

OT) あなたの言う感覚とはどういったものですか?

R) 最初のほうでわたしが述べたのと同じ感覚です。センシュアリティー(官能)、セクシュアリティー、肉体的に生き生きしたフィーリングといった感覚を人生におけるナチュラルで楽しい部分として受け入れていくことです。日本には性的な抑圧がたくさんあります。セックスについて話すことにたくさんのNOがあるように。時には専門家のセックスカウンセラー(彼らは問題を注目する)ではない誰かに(瞑想、探求の同行者のような) シンプルに話しをする行為が大きな解放をもたらします。

OT) 抑圧の例をあげてくれますか?

R) 例えば多くの女性は一度もオーガズムを体験したことがありません。それにはわたしもとても驚きました。

OT) どうしてセックスがそんなにNOなんでしょう?

R) 抑圧は家族、文化、社会への閉じた執着に縛られています。日本人はまだ家族にたいする親密さにとても誇りをもっています。エネルギー的には彼らはその中で死にそうになって、それにつぶされているのに、まだそれに執着しているんです。

OT) 和尚は西洋人には瞑想へ入る前に浄化やカタルシスをともなうセラピーに参加するよう勧めていますが、日本人にはこれを提案していません。そこでどのように抑圧に対処することができるのですか?

R) 和尚のダイナミックメディテーションや、ミスティックローズのような瞑想的なセラピーでとても簡単に対処することができます。東洋における大きな違いは、マインドをそうじするために分析を使うことをさけることです。なぜならそれは西洋の心理的なアプ ローチであって、東洋人を混乱させることになるからです。

OT) あなたのワークの中でそれをどのようにやっているのですか?

R) 問題が上がってきたらそれを一緒に見ます。例えば、最初にあなたはとても美しいレットゴーの、エネルギーが広がることをゆるす体験をするかもしれません。そしておそらくそこに恐怖が入り込んできます。そしてあなたは自分がどれくらい喜びと至福を妨げているかを見ます。でもこの恐怖を分析する必要はないのです。わたしの和尚との経験によると気づきは心理学とは全く関係がありません。わたし達の条件付けの多くは瞑想を通してただ焼きはらうことができます。

OT) あなたのアプローチの本質はなんですか?

R) ある意味ではとてもシンプルなものです。喜び、楽しみ、至福がすべてあなたにひらかれています。そして自分を押さえる理由はなにもないのです。それでもあなたの中に何かあなたを止めるものがあります。あなたのマインド、条件付けがあなたに制限をくわえます。あなたにできる事はそれに従うか、それから離れるかです。このアプローチではあなたはその暗闇を掘る事をする必要はありません。あなたはシンプルに自分のフォーカスを暗闇から光に移すことができます。

OT) あなたはこのワークをどのように瞑想につなげるのですか?

R) 右脳と左脳にたくさんのワークが必要です。普通は右半身につながっている左脳だけの経験をわたし達はします。それは男性的アプローチであり、知性の側です。だから脳は左側がとても発達しています。女性的である直感、アート、瞑想の側はあまり発達しません。

OT) 人々をどのように右脳へとつれていくのですか?

R) 和尚は瞑想への旅が始まるときにわたし達が右脳と唯一持っているつながりはセックスを通してだと言っています。だからわたし達が瞑想を始めた頃、よくセンシュアス(官能的)、エロティックな感じがするのです。わたし達がダンスをするとき、こういったフィーリングをそれに耽溺することなくただ楽しみます。その時エネルギーがさらに高く、深く動く事が可能です。そういった経験をそれ自体持つ事だけでもすでに楽しいものです。人間の根底にあるあこがれはこういったフィーリングのためのものであり、わたし達がそれを探求すればするほど瞑想は深みと高みを持ちます。


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